四国八十八ヵ所お遍路旅 車で行く犬との巡礼5日目 第61-78番札所




第61番札所 栴檀山 教王院 香園寺(こうおんじ)



用明天皇(585-587)の病気平癒を祈願して聖徳太子が建立。この時、金衣白髪の老翁が飛来して本尊の大日如来を安置したという。

天平年間(729-749)には行基菩薩が留錫し、大同年間(806-810)になると弘法大師が巡錫された。


ある日、この寺の近くで身重の婦人が苦しんでいた。大師が栴檀の香を焚いて加持、祈念すると、その婦人は元気な男子を出産。

この勝縁により、大師は「女人成仏、安産、子育て、身代わり」の四請願と秘法を寺に伝えて、第61番霊場に定めた。



駐車場に着いたのに、寺がない!と思っていたらこの公民館みたいな建物が寺でした。RC造で外壁タイル貼りの築40年以上経っている建築物が、霊場八十八ヵ所なので驚きです。

あまり有難味がない?

外部階段を上って2階の内部が本堂です。この時点で7時52分です。



第62番札所 天養山 観音院 宝寿寺(ほうじゅじ)



聖武天皇の勅願により諸国一宮が造られた時、伊予一国一宮神社が建てられ、その法楽所として創建。

弘仁年間(810-824)大師が四国巡錫の際、十一面観音像を刻み、本尊として霊場に定めた。

寺同士が近いのですぐに次の寺に行けます。

本堂の前。この時点で8時6分。

第63番札所 密教山 胎蔵院 吉祥寺(きちじょうじ)



弘仁年間(810-824)に弘法大師がこの近くを通られた時に、光を放つ檜を見つけ、この霊木に本尊の毘沙門天、脇侍として吉祥天、善尼師童子の三像を刻まれ安置。

四国霊場の中で唯一、本尊が毘沙門天。

有料駐車場9回目。管理人がいるので先払い。

管理人のおばちゃんによると、お遍路の回数を多く回っている人は同じ所を連続で、ぐるぐると近い場所の寺を何度も行く人がいるらしいです。



山門の前。

本堂の前。8時19分。


第64番札所 石鎚山 金色院 前神寺(まえがみじ)



真言宗石鉄派の総本山で、石鉄修験道の根本道場でもある前神寺は、奈良時代の初期に役行者小角が開基。

桓武天皇が病気平癒の祈願をし、七堂伽藍を建立して勅願時とされ金色院前神寺と号した。

この寺の近くに気になる神社、石鎚神社があります。巨大なので遠くから目立ちます。

御滝不動尊。今日は平日なので人が少ないです。

本堂の前。この時点で8時37分。



第65番札所 由霊山 慈尊院 三角寺(さんかくじ)



天平年間、行基菩薩が聖武天皇の勅願により開創。弘仁年間(815)に、弘法大師が十一面観世音菩薩の尊像を彫刻し、本尊として安置。

有料駐車場10回目。

仁王門が多いです。

左が大師堂、右が薬師堂。

本堂の前。この時点で9時44分。

この寺で「伊予の国」は最後です。次は最後の国「讃岐の国」


第66番札所 巨鼇山 千手院 雲辺寺(うんぺんじ)



桓武天皇の延歴8年(789)、弘法大師が16歳の時に善通寺の建築材を求めて入山したところ、霊気を感じ、霊山の趣に引かれて堂宇を建立したことに始まるといわれる。

大同2年(807)大師34歳の時、嵯峨天皇の勅願を奉じて再び登山し、本尊の千手観世音菩薩を刻んで安置。護摩修法を行い、仏舎利と毘盧遮那法印を山中に納めて開基したと伝えられている。

雲辺寺ロープウェイ乗り場。駐車場が結構埋まっていました。お参りかと思っていたら、スキーやスノボがロープウェイで行く頂上で出来るみたいです。

山に雪が全然ないんだけど、ほんとに出来るのか?

ロープウェイ乗り場の左に犬小屋があり、コタ君にワンワン吠えまくりです。

「雲辺寺ロープウェイ」は題21番札所「太龍寺ロープウェイ」と同じ運営会社なので、設備はほぼ同じ。

普通運賃往復片道
大人2,200円1,200円
中・高校生1,650円900円
小学生1,100円600円

※小学生未満は乗車券一枚につき一名無料
※ペットは無料で同伴できますが、 大型犬および特殊なペットのご乗車については、 窓口にておたずねください。

雲辺寺ロープウェイは、全長約2,600m、山麓駅から山頂駅の高低差約660mを毎秒10mというスピードで山頂に到着する日本最大級の規模を誇るロープウェイです。 定員101名のスイス製のゴンドラの窓越しからは三豊平野、瀬戸内海をはじめ中国地方、そして本州と四国を結ぶ瀬戸大橋の偉容も一望できるという大パノラマが楽しめ、約7分間の空中遊泳はスリルとスピードが体験できるすばらしさです。 山頂には、四国霊場第66番札所「雲辺寺」があり、参拝のために訪れるお遍路さんの足としても喜ばれています。 また、山麓駅周辺には、雲辺寺門前町としてお食事所や土産店があり、くつろいで食事をしたり、地元の名産品やみやげ物を取り揃え、参拝客や観光客の目を楽しませてくれます。

四国ケーブルホームより引用



右へ行くとスキー場、左へ行くと雲辺寺です。標高900m以上あり四国霊場で一番高い場所にある寺です。

五百羅漢が出迎えてくれます。



大師堂に行く前の仁王門。

大師堂の前。

ここにもマニ車がありました。手で回すとお経を1巻唱えるのと同じ功徳があるといわれているので、我々は回しまくりです。

本堂の前。建物が新しい。

手前の石の輪をくぐって、奥の石に腰を掛けるのです。そうするとご利益倍増!

近くで見ると毘沙門天の像が巨大です。この時点で11時27分。

スキー場の方を見に行ってみたら、滑る所だけ人工雪でした。他はまったく雪がなし!今年の雪不足はすごいレベル。

第67番札所 小松尾山 不動光院 大興寺(だいこうじ)



天平14年(742)に、奈良・東大寺の末寺として建立。その後、火災に遭い灰燼に帰したが弘仁13年(822)、嵯峨天皇の勅命により、弘法大師が熊野三所権現鎮護の霊場として再興された。

本尊の薬師如来、脇寺の毘沙門天・不動明王ともに大師一刀三礼の尊像といわれている。

ここも仁王門。金剛力士像は彩色を施した桧材の寄木造りで、四国最大級。鎌倉時代の仏師、運慶の作と伝えられている。歴史の教科書で習った名前が普通に出てくる凄さがある。

奥の巨木は弘法大師お手植えのカヤの木。コタ君少しお疲れ?

胸高幹周4.1m。樹高20m。樹齢1200年余り。凄すぎる。

奥の建物は本堂。

大師堂の前。この時点で12時26分。



第68番札所 七宝山 神恵院(じんねいん)



琴弾山山頂で修行していた日証上人に、海の彼方の神船で事を弾く翁が「われは八万大菩薩なり、宇佐より来る。この地風光明媚なり、去りがたしと覚ゆ」と告げた。

日証上人は大変驚いて、神船と事を山上に引き上げ、社殿を建立して神宝を奉安し琴弾八幡宮と号した。

大同年間(806-810)に弘法大師が当寺に巡錫、八幡神の本地仏阿弥陀如来像を描き安置し霊場に定めた。

仁王門の前。ここは第68番札所神恵院と第69番札所観音寺が同じ敷地にあり、1回くれば2度お得な場所?です。

左が第68番札所神恵院。右が第69番札所観音寺。目の前に巨大な樹があります。

本堂の様子。2回目のRC造です。


第69番札所 七宝山 観音寺(かんおんじ)



大宝年間(701-704)に、日証上人により開山され神宮寺宝光院と号した。大同年間(806-810)に唐から帰国した弘法大師が第七世となる。

南都興福寺に倣い、七堂伽藍を造営して中金堂に聖観世音菩薩像を彫刻安置し、神宮寺を観音寺と改めた。

大師堂の前。

本堂の前。国の重要文化財です。

この木の説明がなかったのですが、根回りがゴツイ。この時点で12時59分。

第70番札所 七宝山 持宝院 本山寺(もとやまじ)



大同2年(807)平城天皇の勅願で、弘法大師が鎮護国家のために堂宇を建立。

本尊として、大師一刀三礼になる三面八臂の馬頭観世音菩薩、阿弥陀如来と薬師如来を安置。

仁王門の前。

本堂の前。



大師堂の前。この時点で1時19分。

巨大な五重の塔。平安時代末から鎌倉時代初期にはその存在が確認されている真言宗の寺院です。

五重の塔は四国霊場では他に竹林寺、志度寺、善通寺とこの本山寺の4カ所だけにあります。



第71番札所 剣五山 千手院 弥谷寺(いやだにじ)



聖武天皇の勅願所で、天平年間(729-749)に行基菩薩が釈迦如来・阿弥陀如来の二仏を泥土で作り、皇后光明子の書写になる大方広法華巌教を奉納して寺を草創したのが始まり。

仁王門の前。ここは駐車場から階段と坂道が多い寺です。

駐車場からはバスも出ているので、歩きに自信のない方はバスを利用しましょう。

途中でお出迎えしてくれる巨大な像。

左に大師堂、納経所があります。

一番上にある本堂。駐車場から10分は歩きます。冬でも汗が出てきます。この時点で2時1分。

ここに来る時にお遍路さんの団体の方とすれ違ったのですが、コタ君大絶賛されました。鼻高々!


第72番札所 我拝師山 延命院 曼荼羅寺(まんだらじ)



当山は、讃岐国の領主であった弘法大師の先祖・佐伯家一族の氏寺として、推古4年(596)に創建され、当時は世坂寺と呼ばれていた。

大師が唐から帰国した翌年の大同2年(807)、請来の金剛界・胎蔵界の両界曼荼羅を安置供養し、本尊に大日如来像を祀った。

有料駐車場11回目。

今日は平日でも割とお遍路さんと出会います。バスでの団体の方が多いです。

左の方からコタ君を触りに来るおばちゃんが来てます。犬を飼っている人はガンガン来ます。この時点で2時31分。

第73番札所 我拝師山 求聞持院 出釈迦寺(しゅつしゃかじ)



弘法大師は幼少の頃、八葉蓮華の中に座って諸仏と語らう夢をよく見ていたという。7

歳の時に、仏道に入って救世の大誓願を立てようと倭斬濃山の山頂に立ち、「我れ、仏門に入りて一切の衆生を救わんと欲す。我が願い成就するなら釈迦如来よ、姿を現したまえ、もし願い叶わぬならこの身を諸仏に捧げる」と念じ、断崖から身を投じた。


すると体を包むように紫雲がたなびき、蓮華の花に座した釈迦如来が、羽衣をたなびかせた天女と舞い降り、幼い大師は天女に抱きとめられて「一生成仏」と告げられ大願を叶えられた。



この辺は寺が密集している所です。

山門の前にて。

大師堂の前。

本堂の前。

仏足に上がって足腰の健康を願います。

コタ君の足腰パワーアップ!この時点で2時46分。



第74番札所 医王山 多宝院 甲山寺(こうやまじ)



平安時代の初期、弘法大師が善通寺と曼荼羅寺の間に伽藍建立の霊地を探していた。甲山周辺を歩いていた時、岩窟より現れた老聖者が「私は昔からこの地に住み、人々に限りない福徳を与え、仏の教えを広めてきた。ぜひこの地に堂塔と寺を建立するとよい。そうすれば、その寺は私がいつまでも守護するであろう」と告げたという。

歓喜した大師は、すぐに石を割って毘沙門天の尊像を造り、山の岩窟に安置したのが甲山寺の始まりである。

今年はうるう年なので、88番から1番に行く「逆打ち」をする人が多いのです。だから同じ場所で出会う人がほぼいません。私は「順打ち」です。

「逆打ち」3倍の功徳があるのと、弘法大師に出会えるといわれています。

中にも山門があります。

御朱印だけをもらっている人も多いです。この時点で3時1分。


第75番札所 五岳山 誕生院 善通寺(ぜんつうじ)



高野山の金剛峰寺、京都の東寺とならぶ、弘法大師ゆかりの三大霊跡の一つで、屏風ヶ浦五岳山誕生院総本山善通寺と称し、真言宗善通寺派の総本山である。

大師は宝亀5年(774)6月15日に善通寺御影堂(大師堂)の奥殿で誕生されたと伝えられ奥殿には大師自筆の自画像「瞬目大師」を安置している。


大同元年(806)、唐から帰国した大師が、同2年(807)に藤原藤嗣卿から真言宗弘通の勅許を得て佐伯氏一族の菩提を弔うために氏寺建立を発願した。

弘仁4年(813)に七堂伽藍を完成し、大師が刻んだ薬師如来像を本尊として安置。

父の名から「善通寺」とし、山号は寺の背後に五峰があることから「五岳山」と名付けられた。

有料駐車場12回目。ここの駐車場は今までで一番大きいかも。

駐車場から橋を渡って寺内に行きます。

弘法大師が誕生されたといわれる寺なので、大師堂が別格にデカいです。

私はお参りをする時はコタ君を抱っこしています、いままで問題はありませんでした。この大師堂の内部は靴を脱いで入れる部屋があります。そこは抱っこしてても犬は入れないと言われました。

ここの寺は敷地も今までで一番広いです。奥がさっきいた大師堂、この反対側にも寺があります。

巨大な五重大塔。現在の塔は明治35年(1902)年に完成した三代目。高さ43mの総けやき造りです。

弘法大師が誕生の時より繁茂していたと言われる樹齢千数百年の大楠。

本堂の前。敷地が広いし、建物がいっぱいあります。地元の人と思われる爺さんが犬を散歩させてました。この時点で3時23分。


第76番札所 鶏足山 宝憧院 金倉寺(こんぞうじ)



弘法大師の甥、智証大師誕生の地。弘法大師が先祖の菩提を弔うため、唐の青龍寺を模して伽藍を建立し、薬師如来を大師自ら刻み本尊として安置。

大師堂には智証大師像と弘法大師像が祀られている。

有料駐車場13回目。管理人がいるので先払いです。

この看板以外にも犬がフンをしたらそれなりの処罰を与えるとか、物騒な寺なので写真以外はずっと抱っこしてました。

寺の人に犬は入ってもいいのか?と聞いたのですが、華麗にスルーされました。答えたくないのか、答える権限がないのか分からなかった。

ダメと言われない限り、何処へでも行きます。修行の旅は厳しい。

こちらは本堂。この時点で4時4分。



第77番札所 桑多山 明王院 道隆寺(どうりゅうじ)



桑園の中に夜毎怪光を放つ大木があり、道隆親王がその桑で薬師如来像を刻み草堂に安置。道隆の子朝祐は、唐から帰国した弘法大師に師事し二代目住職となる。

大師は自ら薬師如来像を刻み、道隆の薬師像をその胎内に納め、胎内仏本尊として祀った。

仁王門の前。地元の犬が散歩してたのですが、コタ君に向かって吠えまくりでした。コタ君はあまり犬に向かっていきません。最強のオーラを放っているから仕方ない。

本堂の前。この時点で4時21分。

第78番札所 仏光山 広徳院 郷照寺(ごうしょうじ)



奈良時代神亀2年(725)に行基菩薩が阿弥陀如来を刻んで本尊とし、仏光山・道場寺とした。

大同2年(807)に弘法大師が訪れ、青野山に瑞雲たなびくを見て仏法有縁の地であると感得。


自作の尊像を刻み、厄除けの誓願をして本堂に納め、荒廃していた伽藍を改築し、寺号を道場寺と改めて霊場にしたと伝えられる。

寛文4年(1664)高松藩主・松平頼重公が本堂や客殿の観海桜などを建立し、宗派を時宗に改め寺号も郷照寺とした。



本堂の前。

大師堂の前。

大師堂の左側に万躰観音洞なるものがあります。

本当に万躰ありそうです。よく集めたのと、並べるのが大変だよねこれ。この時点で5時0分。今日はここで打ち留めです。


まとめ



赤が1日目。黄が2日目。青が3日目。緑が4日目。紫が5日目。

今回も全ての寺に駐車場とトイレはあります。

賽銭の小銭がすぐになくなるので、買い物する時は意識して小銭を増やしましょう。

寺の滞在時間は人によってかなり変わってくると思うので、私の参考通過時間を各寺に書いてあります。



今回は第66番札所雲辺寺と第75番善通寺が見どころだと思います。

雲辺寺までは車でも行けるのですが、この時期は道路の凍結が心配だったりするのでロープウェイの方が安心かもしれません。次の寺までも近くなります。


善通寺は今までで一番広く建造物も多いです。何の建物か分からないのもあります。

市街地にある寺が多いので、秘境の地に行くという高揚感はありません。


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