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四国八十八ヵ所お遍路旅。車で回る犬との巡礼3日目 ohenro shikoku


第33番札所 高福山 高福院 雪蹊寺(せっけいじ)



延歴年間(782-806)弘法大師の開基。もとは高福寺といったが、鎌倉時代に運慶・湛慶作の毘沙門天の仏像などが安置された事から慶運寺と改められる。

戦国時代、月法和尚を中興の祖として臨済宗に改宗され、長宗我部元親公の菩提寺となり元親の法号にちなみ雪蹊寺と改称された。

今日も気合を入れて7時過ぎに到着。


地元の小学生の男子が4人ほど登校していたのですが、その中の一人に釘付けなりました。

頭に・・・




頭に・・・




ハートがある!

髪を短く切って毛をハート型にしてました。ハートではない部分はさらに短くしてあります。

頭にハートが2つか3つありました。ピンクにはしてないけど。

親が美容師なのか、本人はなんとも思ってないのか、小学校は認めているのか色々疑問が浮かびました。

道路の反対側だったので声はかけませんでしたが、写真を撮りたかった。

女の子がする可愛い髪形ではなく、「ジョジョの奇妙な冒険」に出てくる様な髪形だった。

この地に傾奇者がいるとは・・・素晴らしい!

平日、朝早い。誰もいません。

寺院の前にあるのは賽銭箱だけではなく、「納め札」を入れる「納札箱」があります。

納め札は巡拝の証として巡拝年月日や住所、氏名、年齢などを記入するのですが、巡拝の回数によって色が異なり、1~4回までが白札。5~7回までが緑札。8~24回までが赤札。25~49回までが銀札。50~99回までが金札。100回以上が錦札となっています。

納札箱に入れる時に中が見えるのですが、9割以上は白札です。

今回の修行の旅で何回か金札を見る事がありました。お遍路の巡拝に50回以上行くってどんなレベルなんだよ・・・。

第34番札所 本尾山 朱雀院 種間寺(たねまじ)



大阪四天王寺建立のため百済から来日した仏師たちが、帰国の途中暴風雨に遭遇。秋山の郷で難を逃れ、薬師如来を刻み本尾山に祀り海上の安全を祈った。

後にこの地を訪れた弘法大師がその薬師如来を本尊として開創。その時、大師が唐から持ち帰った五穀の種を蒔いたので種間寺と号した。

コタ君の巡拝の旅は続く。

本堂があって。

大師堂があります。この時点で7時35分。

第35番札所 醫王山 鏡池院 清滝寺(きよたきじ)



養老7年(723)に行基菩薩がこの地で霊気を感得。本尊の薬師如来を刻み開基した。その後、嵯峨天皇の弘仁年間(810-824)に弘法大師が五穀豊作を祈願して寺号を醫王山鏡池院清滝寺とし、四国霊場と定めた。

この寺に来るまでの道が半端なく狭く、大型の四駆では通るのが無理な道があったのですが、別の道は少し広かった。車のナビ通りに行くとたまに酷い事になります。どこかの寺で階段を通らそうとしやがった。

弘法大師と桃の花?桜?この時点で8時3分。

第36番札所 独鈷山 伊舎那院 青龍寺(しょうりゅうじ)



延暦23年(804)に唐の長安に渡った弘法大師は、青龍寺で恵果阿闍梨に真言密教の奥義を授けられ、後継者として真言宗の第八祖となる。

帰国の際、大師は師恩報謝のために、一寺建立を発願され「寺院建立に最勝の地に留まりたまえ」と唐土より独鈷杵を投げたといわれる。すると独鈷杵は金色に輝き、紫雲に包まれて東方に高く飛び去った。

後年、帰国した弘法大師は四国巡錫の際、その独鈷杵が奥の院の松の枝にかかっているのを見つけ、嵯峨天皇に奉聞し弘仁6年(815)堂宇を建立。

有料駐車場5回目。

駐車場から階段を登ろうとすると・・・。

ペット禁止3回目。コタ君は車でお留守番。

山門にて。

山門を入る前にお参りの身なりを整えて輪袈裟と念珠などを準備します。山門にて合掌し、心を整え一礼します。左側を通り、山門をくぐります。

ペット禁止の寺は階段がキツイのばっかり。参道、石段も左側を通ります。

本堂の前。この時点で8時37分。

第37番札所 藤井山 五智院 岩本寺(いわもとじ)



天平年間(729-749)行基菩薩が聖武天皇の勅願で、七難即滅、七福即生を祈念して仁井田に天の七星を象徴した根本寺として、宝福、長福など七つの福寺を建立したのが始まり。

後に弘法大師が弘仁年間(810-824)に七福寺を訪ね、新たに五社五カ寺を建立し、第37番札所と定めた。

海沿いの道が絶景ばかりです。

車を止めて写真を撮りたくなる所ばかりです。

山門にて。

帰る時は山門を出ると振り返り、菅笠以外の帽子は脱いで境内へ向かい「ありがとうございました」と合掌してから、次の札所へ進みます。

本堂の前。

今日もいい天気で、コタ君ずっと眠たそう。この時点で10時14分。

第38番札所 蹉鉈山 補陀洛院 金剛福寺(こんごうふくじ)



弘仁13年(822)当地で千手観音を感得した弘法大師が、嵯峨天皇より「補陀洛東門」の勅願を賜って堂宇を建立。以来、寺は代々天皇家の勅願所として栄え、平安時代後期には観音霊場として幅広い信仰を集めた。

第37番岩本寺から第38番金剛福寺は遍路道の最長区間です。約94キロほどあるので大変です。

車でも大変なのに歩き遍路の人をよく見るのです。何日かけて歩くのだろう?

この区間も絶景スポットが多いです。

長いドライブでした。修行の旅は辛いものなのだよ。

山門の前にて。

本堂の前にて。

私は金剛杖を購入しなかったのですが、橋の上では杖をつかないのが約束で、これは大師が十夜ヶ橋の下で宿を取ったのが由来だそうです。

敷地には何かを置いていて、空き地を埋めています。何か意味があるのかもしれませんが、変な庭園に見えます。

この時点で12時14分。

金剛福寺のすぐ前に足摺岬があります。人生初の足摺岬!私の家からは遠すぎる場所です。

上から見ても水が奇麗です。

21世紀に残したい日本の風景、四国第一位とは?

木々のトンネルを通ります。

天狗の鼻に到着。右上に見えるのが先ほどまでいた展望台です。

ここは記念撮影スポットなので、コタ君も記念撮影です。

第39番札所 赤亀山 寺山院 延光寺(えんこうじ)



神亀元年(724)に行基菩薩が聖武天皇の勅願を受けて、安産、厄除けを祈願して刻んだ薬師如来像を安置して本坊と十二房を建立した。

寺の前の家に吠えるワンコがいるので、コタ君が警戒しています。

ペット禁止4回目。前の家のワンコがうるさいからじゃないの?

境内の様子。

トイレに行くときは輪袈裟、納経帳、数珠などは持ち込まないようにします。ご本尊さまやお大師さまを不浄にお連れする事になるからです。何も書かれていない白衣は大丈夫です。

本堂の前。この時点で2時5分。

土佐の国(高知県)はここで最後です。次は伊予の国(愛媛県)になります。

第40番札所 平城山 薬師院 観自在寺(かんじざいじ)



第40番観自在寺は第1番霊山寺より一番遠く、「四国霊場の裏関所」とも呼ばれる名刺。寺は大同2年(807)、平城天皇の勅願所として弘法大師が開創。

本尊の薬師如来、脇仏の阿弥陀如来、十一面観音菩薩の三躰は大師が一本の霊木を彫造し安置した。

伊予の国最初の寺に到着。

栄(さかえ)かえる。お金がかえる。福がかえる。いい事だ。

本堂の前にて。この時点で3時4分。

第41番札所 稲荷山 護国院 龍光寺(りゅうこうじ)



大同2年(807)、弘法大師がこの地を巡錫していると、稲を背負った白髪の老人が現れて「我この地に住み、法経を守り、人々を救わん」と言って姿を消した。

大師はその老人こそ、五穀大明神の化身であると感得し、稲荷大明神を祀った。

寺と神社が並んである場所が割とあります。

本堂の前にて。この時点で4時10分。

第42番札所 一カ(王編に果)山 毘盧遮那院 仏木寺(ぶつもくじ)



大同2年(807)弘法大師がこの地を巡錫中に、牛をひく老人と出会った。導かれて進んでいくと、楠の大樹の梢で大師が唐から投げた宝珠が光っていた。

その霊木で大日如来像を刻み、眉間に宝珠を納め本尊として安置。

山門の前にて。この旅で初の私達以外のワンコとの巡礼旅をしている人に会いました。

歩き遍路をしているとお接待を受ける事があるそうです。お大師さまへの供養とされるため、有り難く頂戴し、「南無大師遍照金剛」と三回お唱えして、その人の幸せを祈り納札を渡します。お接待は、お断りしないのが決まりです。

車で行くとお接待とは無縁かも。

平日だからなのか本当に人が少ないです。納経所の人も暇そうです。この時点で4時22分。

第43番札所 源光山 円手院 明石寺(めいせきじ)



欽明天皇の勅願により、行者・円手院正澄が千手観世音菩薩を安置、七堂伽藍を建立したのが始まりと伝えられる。天平6年(734)には、寿元行者が紀州熊野から十二社権現を勧請し、十二房を建てて修験道場となる。

弘仁13年(822)嵯峨天皇の勅願により、弘法大師が荒廃した伽藍を再興して四国霊場に定めた。

建久5年(1194)には源頼朝が命の恩人である池禅尼の菩提を弔うため阿弥陀如来像を安置。経塚を築いて堂宇を再興し、山号を「源光山」に改めたと伝えられる。

山門の前にて。

今回は2泊3日の予定なので、ここが最後の寺になります。

本堂の前にて。この時点で4時53分。

終わったーー!予定より多く回れたのですが、非常に疲れました。

人が多かったらもっと時間もかかりそうなので、近いうちに全て回る予定です。

まとめ



赤が1日目。黄が2日目。青が3日目。

今回も全ての寺に駐車場とトイレはあります。

トイレといっても出来たばっかりの奇麗な水洗トイレから、汲み取り式のトイレまで色々です。

賽銭の小銭がすぐになくなるので、買い物する時は意識して小銭を増やしましょう。

寺の滞在時間は人によってかなり変わってくると思うので、私の参考通過時間を各寺に書いてあります。



第36番青龍寺から第41番龍光寺まで寺と寺の距離があり、この修行の旅でも屈指の大変さだと思います。

途中にはお遍路さん用の茶店や休憩所が点在するので上手に利用しましょう。

四万十市から南はバイパスが建設中でした。宇和島市から南は高速道路?が建設中でした。この道路が完成すれば足摺岬が近くなると思うので、早期の完成を望みます。

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